お金をもらうと言う事
私はこの病気になってから、家で生活すると言う事を学んだ。昔は外にいる事が多くて、家のことなど考えた事もなかった。祖母は死ぬ半年ぐらい前まで、家事をこなしていた。母は仕事の合間をぬって、洗濯や料理を作っていた。私のやる事といえば、ひたすら声を聞いて我慢しているだけだった。
昔の日記が出てきた。九年前のものだ。私が離婚して家に住むようになったときのものだ。日記にはこう記されてある。
一週間に三日食事を作る。一週間に一万円預かる。それが仕事。あと一日に一回はママとパパの部屋などに、ダスキンをかける。掃除や洗濯もする。それで月三万円おこずかいをもらう。
その頃の私はこれらが出来ていたかどうか疑わしいが、私は結婚する前から月三万円のおこずかいをもらっていた。夫に生活能力がなかったからだ。高いマンションを借りて、夫は毎日一缶のビールを飲み、サラリーマンである事のほかにまだ野望を抱いていて、ゴルフ会員権の売買を自分でやっていたため、生活費は、ほとんどと言ってなかった。私は夫からほとんどお金を受け取っていなかった。私の月三万は、タバコと食費で消えた。物は結婚する前に夫にいろいろ買ってもらった。化粧品もたった三ヶ月の結婚生活では、なくならなかった。
私は家で生活していくうちに、家族の苦労が分かったのであろう。家事をして、それが毎日続くようにした。お金をもらうと言う事は、名誉な事である。私は集中して家事に取り組んだ。そういう時、声は聞こえなかった。意識すると聞こえたが。幻聴はその程度になっていった。
そうこうする内に私は国から障害年金を受け取るようになった。それが七年前である。今では、父の年金に養ってもらっている身分だが、それでも自分のお金がもらえるのは、うれしい。


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